中山道69次の19番沓掛宿 中山道で唯一左浅間が見られる地

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今回記録を残しておくのは中山道69次の19番沓掛宿。

とくに濃い情報を網羅しているわけではない。参考書籍をたよりにした自分の踏破記録としてブログに残しておく。

自分ちの近くの道が江戸と京都を結んでいるという歴史が面白い。

史跡ポイントの紹介はできるだけ日本橋方面から近い順に載せるようにしている。

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中山道69次の19番沓掛宿情報

基本情報

  • 本陣:1
  • 脇本陣:3
  • 旅籠屋:17
  • 家数:166
  • 追分宿4.6km←|→5km軽井沢宿

引用元:中山道69次を歩く – Amazon

本陣位置

高札場位置

不明

駐車場位置

『軽井沢』という地名による地価高騰のせいか無料の駐車場はなさそう。ただ駅前の2箇所の駐車場は良心的な料金設定という口コミが散見されたので利用するとよいだろう。

ただ1時間も見る価値はない。


写真と簡単な内容

訪問日時

  • 2021年5月2日 中山道に興味を持って初めて少々の遠出をしてここらへんまで訪れてGWの軽井沢という最悪の組み合わせに辟易して引き換えした
  • 2023年1月8日 少々下調べをして1年半ぶりにじっくり訪ねてみた

写真とコメント

何箇所か史跡を見て回ったが、ここはかつて沓掛宿と呼ばれていたものの今は中軽井沢という地名を僭称している。どういうわけか知らんが軽井沢という地名のネームバリューをもらって土地の地位向上を当時の住民や政治家たちが目論んだのだろう。

それが功を奏して街道沿いにはちょっとおしゃれなお店がちらほらあったり歩行者がそこそこたくさん歩いていたり、自動車が絶えず往来していて渋滞ぎみだったりしてなんとなく賑わっているようにも見える。

しかし沓掛宿という名を捨てたという意味では好きになれない。歴史というものは一朝一夕で作られるものではなく長い年月に耐えてきた重みが歴史というものだと考える。

古くからあった地名、それも中山道69次というすばらしい街道の一宿場名としては残るが沓掛という地名を一切捨ててしまったこの街は好きになれない。

中軽井沢などという浮ついた名前を捨てていつか沓掛という地名に戻すことを期待する。

沓掛宿入口碑

『千両万両枉げない意地も人情搦めば弱くなる 浅間三筋の煙の下で 男沓掛時次郎』という長谷川伸の戯曲『沓掛時次郎』の一節が刻まれているらしい。

沓掛時次郎とは博徒で架空の人物。

沓掛宿入口碑 沓掛宿入口碑

満寿屋脇本陣跡

Google Mapにも史跡として登録されているのだからとそこを目指して徒歩で探したがそれらしい跡はまったく見当たらなかった。

なんとなく広い土地を持ってそうな家だったのでもしかしてそうかなと言う程度。逆光なので撮影しづらい。

沓掛宿脇本陣満寿屋跡地?

脇本陣蔦屋跡

八十二銀行のそこそこ広い敷地が沓掛宿の脇本陣蔦屋という情報をもとになにかないかと街道沿いばかりみていたが無く、敷地の一番奥になにやらある。

沓掛宿脇本陣蔦屋

▼いまは寂しく石碑のみ残る。

沓掛宿脇本陣蔦屋

本陣土屋家

▼宿場だった当時からの土地は受け継いでいると思われる。表札のみに本陣という文字が残るがほかは跡形もない。

沓掛宿本陣土屋家

見損なったが次回行ったら見たい史跡

  • 中山道で江戸方から来て浅間山が唯一左に見える地点
    エファというフランス料理屋から北へ進む道。
  • 宮之前一里塚跡
  • 脇本陣つる屋(てがかり不明)はこのあたりだったらしい

参考にした資料

上記の他にもみどころいろいろ書かれている。

参考にした書籍
 
著者岸本豊氏の運営する中山道69次資料館についての記事はこちら
中山道69次資料館 追分宿すぐそば
中山道69次を巡るのが2021年のマイブームになっている。つまらない感染症が蔓延っているときは郊外をドライブしつつ楽しめる趣味がストレスにならなくて良いかもしれない。 そんな中山道69次について徹底的に調査して資料を集約してくれて...

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気になる史跡が青、無料駐車場が黄色P、宿泊施設がオレンジベッド、道の途切れが赤い銃のマークでそれぞれ載せてある。鋭意更新中。

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