万世一系である天皇家と伊勢神宮と天照大御神の関係についての本が面白かった

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皇大神宮高札
自転車とも旅行とも無関係のような話と想像されるかもしれませんが最後までお読みいただければ幸いです。
2010年にまだ高速道路がいくら走っても1000円のうちに一度お伊勢参りをしたいものだと家族で話し1泊で出掛けることにしました。そのときに先日記事でポストした旅籠屋の伊勢松坂店を利用しました。
それはそれとして伊勢神宮について興味深い本を読んだのでちょっと紹介。

アマテラスの誕生という本を読みました。というかこれを書いている時点でまだあと数ページ残っていますが忘れないうちに憶えている内容をアウトプットしておきたかったのです。
皇大神宮
本宮を望む階段です。本宮には入れず外から拝むだけです。隙間から覗き見ることはできますが撮影も禁止です。

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天皇の権威の絶対的神格化

天智天皇のころまでは天皇は必ずしも一系世襲ではなく合議で決められていたようです。天智天皇の死後次の天皇の地位を争って、天智天皇の息子(大友皇子)と弟(大海人)が壬申の乱を起こしたことは歴史で教わっています。

その乱に勝利した弟が天武天皇として皇位を継ぎました。その天武天皇の後、今度はその皇后である持統天皇が皇位を継ぎました。

持統天皇は自分の子(草壁皇子)に次の皇位を継がせたかったのですがボンクラだったので見込みが薄かったそうです。逆に夫である天武天皇の妾腹の子(大津皇子)の方が有能で天皇に相応しいことが許せませんでした。そこで天武天皇の死後約1ヶ月でその妾腹の子を捕らえあらぬ罪を着せその3日後には死刑にしたといいます。

持統天皇は天皇の地位を絶対的なものとして確立しようとしました。それまでは大和朝廷の豪族の総意を反映して天皇が決まっていましたが、これからは持統天皇の子孫にのみ皇位は受け継がれるべきだという体制を築こうとしました。

そのために天皇の地位は神授のものであるという絶対的な権威を作る必要がありました。

天皇家と伊勢の大神の融合

そこで南伊勢から派遣されていた稗田阿礼(ひえだのあれ)たちが古事記を作るわけですが南伊勢の土地神を持統天皇の指示によってアマテラスという神様にし天皇の祖先という話をつくった(のではないか)と書いてあります。単なる想像ではなく古事記・日本書紀・続日本紀などの古典や土地に伝わる風習や風俗などの客観的事実に照らして推論しています。

ちなみにいうと内宮と外宮とある伊勢神宮は天皇家が伊勢の勢力を弱めるために宇治土公氏、荒木田氏らに内宮をあてがい、渡会氏には外宮をあてがいそれぞれの体面は保たせつつ互いに対立させようとしたとか。

ちょっとすみません。難しい本なので完全に咀嚼できずに書いていますが凄く興味深くて面白い内容だったので書かずにいられませんでした。

これを読んだからといって伊勢神宮や天皇家に対して別におかしな感情はもちませんが、古代の神話の謎がひとつ解き明かされたような気がしてすっきりします。

平成25年(2013年)は伊勢神宮20年に一度の遷宮

遷宮
さてこの記事を書いているのが平成24年なので来年(平成25年)は20年に一度の遷宮です。遷宮とは神様のお宮を隣棟に引越しするのです。

また来年の楽しみがひとつできたかもしれません。

平成30年(2019年)4月30日で平成が終わり天皇が変わる

いよいよ平成30年の4月30日で平成の天皇が退位し、新しい天皇が5月1日に即位します。

一般的には天皇家は2000年続いていると世界でも思われていますが、実際には持統天皇の頃からと考えると1300年ぐらいです。それでも十分長いですが。

誰かが2000年続いているとか初代神武天皇から血がつながっているとか言っているのを聞いたらちょっと指摘してやるネタになるかもしれません。そのときは穏便にね。そして極右の人がいないことを確認して。

あとがき

読んだのは「アマテラスの誕生」という本です。

最初の半分は難しくて1~2ページ読むうちに眠ってしまいますが後半から天皇・伊勢神宮・アマテラスの関係を推理していって実に面白い。決して冒涜するものではありませんので信心深い方もそうでない方も敬遠なさらずに読んでみたらなお造詣が深まるのではないでしょうか。