中山道69次17番坂本宿

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中山道69次の17番坂本宿にはかなり前に行って自転車を降り立った記憶があるが、近年自分が年を重ねてきて中山道の全宿場を制覇したい(一通り見て回りたい)という夢が首をもたげるようになった。

この記事は2010年代のころ行った坂本宿と2020年代になって行った坂本宿とをいっしょにしてある。

中山道の宿場について書いた最初のものとしてここに残す。

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坂本宿情報

  • 本陣:2
  • 脇本陣:2
  • 旅籠屋:40
  • 家数:162
  • 軽井沢宿11.6km←|→9.5km松井田宿

引用元:中山道69次を歩く – Amazon

現在の坂本宿

現在の群馬県安中市松井田町坂本。JR信越本線横川駅から国道18号線(旧道)を軽井沢方向に2kmほど行ったところにあり、その途中に碓氷関がある。中山道有数の難所であった碓氷峠の東の入口にあたり、本陣と脇本陣合わせて4軒、旅籠は最盛期には40軒ある、比較的大きな宿場であった。
引用:坂本宿 – Wikipedia

▼2010年代友人と軽井沢からのサイクリング途中で坂本宿という宿場町だった道を通った。
各家の前に当時屋号だった名前が同じ形の看板に明記されていて時代を偲ばせる。
2013-09-21 14.13.11

余談であるが、当時の記憶を辿ってみると道路が相当広かったような印象だったが実際には片側一車線で見通しが良い道路というだけで大通りというわけでもない。

なぜか広々とした道の両側に宿場があるという記憶が残っている。子供の頃の記憶はだいたい重厚長大なものとして覚えているが大人になって同じ場所に行ってみると「こんなもんだったのか」と思うことはしばしばあるが大人になってからの記憶でもそういうことがあるというのは面白い。以上余談。

▼そのうち一軒は「たかさごや」という屋号で俳人の小林一茶が定宿として常用していたということ。

【追記】まさかこんなところで小林一茶の名前を見るとは意外と当時は思った。でもよくよく考えてみると東海道と並んで江戸と京都を結ぶいわば大動脈だったわけだからいろいろな著名人が通ったというのは当たり前といえば当たり前なんだ。

でもって比較的近年知った恥ずかしい常識の一つが中山道は江戸日本橋を起点として京都三条大橋まで結んだ街道という事実。中山道って江戸から新潟までだと思っているひと結構いないかなあ?【ここまで追記】

2013-09-21 14.08.49

▼その「たかさごや」とはここの家であるが現代では普通の家のようで宿としては経営していなさそうであるが、看板だけはしっかり掲げてあった。

2013-09-21 14.10.19

▼家の敷地に入るのは憚られたので望遠して撮影してみると確かに「たかさごや」と書いてある。

2013-09-21 14.09.01

▼そのほかに屋号一覧が掲示されていて、ここの集落のほとんどの家の見えるところに屋号の書かれた看板が掲げられているようだ。

2013-09-21 14.10.53

▼坂本宿

余談だが、こういう箇所がここの比較的近くでもう一箇所ある。野田宿というところで野田宿の通りも昔の宿場町の名残で家々の前に屋号の看板が架かっている。あそこもなかなか風情がある。
▼野田宿

▼こちらは旅籠かぎやの案内標識

中山道69次17番坂本宿 中山道69次17番坂本宿

 

▼佐藤本陣跡

中山道69次17番坂本宿 中山道69次17番坂本宿

▼脇本陣永井家

中山道69次17番坂本宿

▼こちらも脇本陣だけど読めない。今は公民館として使われている。

中山道69次17番坂本宿

▼ここは旅籠で誰かの定宿だったか忘れた。

中山道69次17番坂本宿 中山道69次17番坂本宿

まとめ

参考にした書籍
 
著者岸本豊氏の運営する中山道69次資料館についての記事はこちら
中山道69次資料館 追分宿すぐそば
中山道69次を巡るのが2021年のマイブームになっている。つまらない感染症が蔓延っているときは郊外をドライブしつつ楽しめる趣味がストレスにならなくて良いかもしれない。 そんな中山道69次について徹底的に調査して資料を集約してくれて...
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