生きることは結局自分以外の他のすべての生き物との戦いだと思う

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草むしりしていて考えましたよ。必死に生きている草を切り落とすんです。
草だって生きているのに自分の家の庭に生えていると邪魔だから根こそぎむしったり、ハサミでザクザク切り落としたりします。

植物にも感情があるっていう説もありますよね。

ちょっとセンチメンタルになっちゃいますが、放っておくと庭がジャングル化してしまうのである程度は放置してありましたが、ときどき刈ります。

これって植物との戦いなのかなって考えました。

ほかにも戦わなければならない相手が自分にはたくさんいるってことも考えました。
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植物との戦い

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冒頭書いたように、庭の草を放っておいたらどんどん草ぼうぼうの状態になって、もっと放置しておくと植物が家を這い上がり、最悪の場合家を破壊しかねません。

庭の草むしりに限らず、公共の道路にしろ公園にしろ常に定期的に草を刈らなければどんどん草が伸びてきて我々の生活を脅かすようになります。

脅かすというと聞こえがわるい表現ですが、では共生はできるのでしょうか。

植物には感情があるのかないのか不明ですが、仮に文明社会ではなくサバンナの非文明社会だとしても住処を確保するためには植物のないところか、あったら除草するという行為が必要でしょう。

やはり植物とは戦わなければならないのです。

動物との戦い

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蚊に刺されたらムカつきますよね。蚊の立場になって考えませんよね。
日本では起こらないと思いますが、ニシキヘビが人を飲み込んだら危険だからと殺しますよね。

もっと身近な話で言えば、毎日のように豚肉、鶏肉、牛肉あるいは魚のいずれかを食べて生きますよね。命をいただきますなんて言いながら食べる人もいるかもしれませんが、自分の手で屠して食べる人は確かに「命をいただきます」というのが実感としてわかるかもしれませんが、スーパーで売られている肉を焼いてただ食べるだけだとあまり命をいただいているという実感がわかないと思います。

でも現実には死んでもらってるんですよね。

もし我々が動物や魚の肉を食べないでは生きていけません。生きるためには他の生き物を屠って食わなければなりません。

また中にはこちらに襲いかかってくる生き物もいます。
先ほど申し上げた蚊などは柏手を打てばやっつけられるかもしれませんが、熊や猿や猫だって犬だって腹が減ったらヒトだって襲うかもしれません。

猫ぐらいなら撃退できるかもしれないというだけのことです。

いずれにしても動物はわざわざではないにしても腹が減っていて目の前にヒトがいたら食おうとするでしょう。

ヒトとの戦い

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戦争はいうに及ばず、普通に働いている一見平和なような日本でもヒトとの戦いはあります。我が国では直接人が武器で殺しあわないというだけで精神的には殺し合いをしているのではないかと思います。

例えば仕事のストレスで死にたいと思ったことのある人はいると思います。でも死んじゃったら戦いに負けたことになります。

現に東京を中心とした首都圏では毎日のようにどこかの電車が人身事故で止まります。

僕も戦ってます。
殺されるかもしれないというのをヒシヒシと感じます。

お客様からの品質不具合のクレームでその原因やら対策やらを先方が納得するまでエンドレスで再現やら検証やらと要求されます。

人命がかかったエアバッグの不具合とかなら、そりゃ原因追求を急がないと第2第3の事故が起きるかもしれませんが、人命に関わるものではまったくないもので、こちらにとっては20年不具合がでていなかったものでも、先方からはしつこく原因やら対策やらを納得するまで求められます。

その追求による心労でこちらの体調が狂ったとしてもそれは先方にとっては関係のないことです。
万一こちらが体調不良あるいはもっと悪くすると自ら命を絶ったとして戦線離脱したら先方は別の人間に対応を求めるだけのことでしょう。

口ではご愁傷様でしたとそのときは言うかもしれませんが、その次の一言は次の担当の方は誰ですかという言葉であることは容易に想像できます。

そう、戦い以外のなにものでもないです。

消えてしまった方が楽になるなあなんて思ったことはありませんか。

戦いに真正面から立ち向かうだけが戦法ではありません。逃げるという手段もあるとおもいます。

本当に辛い、やばいと思ったら逃げたいと思いますが、逃げてどこへ行く?っていう行き先もないと困りますね。

若いうちは逃げて転職するという手段もありですが、ある程度の年齢になると逃げて転職というのもままなりません。

転職という選択肢がとりにくく今置かれている場で戦うしかないという人の割合がどんどん増えている日本です。

脱落者が増えないように願います。

今日の吉田哲也はこう思ったよ

生きている限りあらゆる生命体との戦いなのだなあと思いました。
「保護」という温かい言葉も常にメディアで行き交っていますが、それはヒトのほうが上であるという認識の上に立った発想です。

確かにヒトが作り上げた文明は過去にどんな生命体もなし得なかったものであることは間違いないことではありますが、「大いなる力には大いなる責任が伴い」ます。(スパイダーマンでベンおじさんが言ってました)

ということでうかうかしていると、どこからやられてしまうかわかりません。敵は植物、動物、あるいは隣にいるかもしれません。一度きりの人生なのだから遠慮なくズケズケと生きましょう。
自分本位というだけの意味ではありませんよ。