吉田松陰の墓だったり旧宅だったりはいくつかあるがここ東光寺もそのひとつ

この記事は 約4 分で読めます。

吉田松陰関連施設吉田松陰の墓というところを訪ねてみました。

どうも萩というところには吉田松陰がらみの施設が多数用意されていて観光客を飽きさせない工夫が凝らされています。

今回ご紹介する吉田松陰の墓というところも墓はあるにはあります。ただ他のところにもあるらしいです。

打ち明けると萩に行ってきて記事を書いている今となっても他でも見たような・・・いや違うか。あれは墓じゃないかなどと記憶が消化不良を起こしています。

しかしながら今回紹介するこの吉田松陰の墓というところには誕生地もあり、また高杉晋作の墓もあり(高杉晋作の墓は東行庵にもある)見どころ満載です。

 

SPONSORED LINK

吉田松陰墓と誕生地

複数箇所にあるといわれている吉田松陰の墓

まずは日本国内に複数箇所あるらしい吉田松陰の墓は以下です。整理しましょう。

このうち今回ぼくが訪れたのは東光寺のすぐわきにある墓所です。

 

場所と駐車場

萩市街地でも東の方で比較的新興住宅地が並んだ風景を過ぎて丘を登っていくとあります。

丘を登りきって少し下り坂を降りていくと駐車場があります。

吉田松陰関連施設

▼そこそこ広い駐車場ですから大河ドラマででも取り上げられない限り停められなくなるということはないのではないでしょうか。こんな幕末の偉人に関して本当はもっとみんな熱狂するべきではないかと思っていますが。吉田松陰墓

▼駐車場から再び戻るように丘を登っていくと右手に吉田松陰先生銅像とさらに右に吉田松陰誕生地があります。

吉田松陰関連施設

▼自分の家を建てるときにも感じることですが地面に区画だけ描かれているときってすごく狭く見えます。実際にそこに建物が建つとそこそこ大きく見えるのが不思議です。

したがってこの吉田松陰誕生の跡地も小さく貧相に見えますが実際にはそんなに小さくはなかったと思います。吉田松陰関連施設この辺見てるともう何が込み上げてくるものがありませんか?実際にその場へ行くとわかるでしょう。

あの歴史的に坂本龍馬と同等とも言える幕末の奇跡の人がここで誕生したかと思うと「あやかりたい」という感情がヒシヒシと込み上げて来ます。

石碑の写真撮ってませんでしたが「吉田松陰先生誕生之地」という題字は弟子である山県有朋が書いたもので彼の絶筆になったそうです。その場でこれよく読んどくべきだった。吉田松陰関連施設ここにある銅像は弟子の金子重輔を従え下田沖のペリー艦隊を見つめている姿だそうです。明治維新100周年を記念して建てられました。

吉田松陰関連施設

そしてぼくが訪問したのは150周年の年です。

ここには吉田松陰のほかにさまざまな偉人の墓があります。高杉晋作、久坂玄瑞、玉木文之進(吉田松陰の叔父)吉田松陰関連施設

ここの階段から自転車ごと登りました。盗まれてもつまらないのと、ほかに誰もいなかったのと。吉田松陰関連施設▼東行こと高杉晋作の墓。吉田松陰関連施設▼これが吉田松陰の墓。奮発してお札を賽銭してお参りしました。

吉田松陰関連施設

あとがき

吉田松陰の墓を参ることができて感慨ひとしおです。

だって明治維新胎動の原動力の一人ですよ!彼がいなかったら明治維新はなかったとは思いませんが高杉晋作やら伊藤博文やらへの思想的影響力が全然変わっていたので果たして歴史の流れがどうなっていたか。全然違うものになっていたのでは無いかと素人ながら想像します。

「吉田松陰」に該当するホテル・宿一覧の検索結果 – じゃらんnet

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。
山口県
SPONSORED LINK
SPONSORED LINK
チャリパカ(semiboze(半禿の)ブログ)