うちの嫁氏が友達と某神社で待ち合わせて何やら友達の相談事をそこの神官だか禰宜(ねぎ)だかわかならいけどちょっとそれなりに知識のある人と話に行くっていうことで行ったんです。
でたまたま偶然その日が27年目の結婚記念日でしかもその某神社っていうのがぼくらが結婚式を神前で挙げたところでもあったんだね。
ドライブがてらぼくも一緒に神社まで行ったんだけど、こんな表現したらものすごく無礼かもしれないけどその神社がものすごく立派になって出世していたのでここに残しておく。
大田区の神明大神宮の基本情報とアクセス方法
大田区の神明大神宮の基本情報
- 住所:〒144-0034 東京都大田区西糀谷3丁目26−13
- 電話番号:03-3745-1800
- 社務所受付時間:不明
- 御朱印:書ける人がいるときは書いてくれるらしい
情報源:神命大神宮:神社、御朱印巡り:So-netブログ - 駐車場:あるかもしれないけどないと思ったほうが無難。ただし近所にコインパーキング数箇所あり
- 公式サイト:神命大神宮(しんめいだいじんぐう)
大田区の神明大神宮へのアクセス方法・行き方
公共交通機関で行く場合
京浜急行羽田線の糀谷駅で下車して徒歩5分程度
車で行く場合
最寄りのICは首都高速道路羽田ランプでそこを降りたら環状八号線を羽田空港と逆方面に向かって大鳥居駅前を通り過ぎると間もなくありますが車を停めるには近所のコインパーキングを目的地にしたほうが良いでしょう。
まあまあ近いのがこちらです。
大田区の神明大神宮の由緒・御祭神・御利益
大田区の神明大神宮の由緒・歴史
公式サイトには降臨の日付が書かれていますが、さらに聞いた話から総合すると、その夜、小松神擁様のところに天照大神が歌を歌いながら降臨してここに神社を建てよと命じたとか。
なぜ大田区のこんなところかというと、伊勢神宮などという辺鄙なところでは人は容易に何度もお参りできないからもっとお参りしやすい都会の真ん中(実際には真ん中ではないがアクセス性はかなり良い)に建てるのが良いということでした。
なぜ小松神擁様のところに降臨したのかというと、どうも小松神擁様は気学やら易学やらその他古来のそういった学に意外と通じていたそうです。でもってもちろんこれは想像ですがただのオバサンではなかったのでしょう。ただし本人はただのオバサンに降臨したみたいに言っていたような気がします。
で、いかにもできすぎな小松神擁という名前は一体どういうことかというと小松神擁先生は詩吟もやっていてその練達度が上がると「神」のつく名前を名乗れるのだとか。それで本名はあるけど小松神擁と名乗っていたのだといいます。
以上がおよそ27年前に見聞きした情報ですが、その後「権威性」を上げるために改変が行われているかもしれませんがそれについては知りません。
ということでここの神社は日本全国のほとんどの神社と違って直接神が降臨した神社であると主張しているためか神社本庁に属するということをしていないようです。
東京都神社庁の大田区の神社一覧には掲載されていません。
大田区 – 東京都神社庁
大田区の神明大神宮の御祭神
主祭神
- 天照大御神
アマテラスといえば言わずと知れた天津神のトップですね。父はイザナギですが、では母はイザナミかというとそうでもないんです。イザナギの左目から生まれた三貴子のうちの一柱です。ちなみにスサノオは同じ三貴子で末の弟神です。イザナギの鼻から生まれました。 - 建御雷男神
タケミカヅチの本来の鎮座地は茨城県の鹿島神宮です。このタケミカヅチは出雲のオオクニヌシのところへ国(葦原の中つ国、要するに娑婆)を譲りなさいと最後の説得に行った神様で、オオクニヌシの息子で抵抗したタケミナカタと力比べをして圧勝しちゃって出雲から諏訪まで逃げたタケミナカタは諏訪神社に蟄居するようになったなったという逸話があります。 - 天津彦彦火瓊瓊杵尊
一般的にはニニギとだけ呼んだりするけど、このニニギは天孫として宮崎県の高千穂に降り立った神様です。天下った後、国津神のオオヤマツミの娘のコノハナサクヤヒメに一目惚れして求婚するんだけどお父さんのオオヤマツミはコノハナサクヤヒメと姉のイワナガヒメも同時に嫁がせたんですね。でも面食いのニニギはブサイクなイワナガヒメを要りませんと送り返しちゃいました。それで返ってきた返事が「コノハナサクヤヒメは栄華の象徴ですが、イワナガヒメは永遠の命の象徴です」ということで誓約されちゃっていてそれ以来、ニニギの子孫が天皇だけど永遠の命というものは叶わないという話です。
ちなみにその後一回の「みとのまぐわい」でコノハナサクヤヒメが懐妊したことを怪しん(誰かとやったろ?と)だという重ね重ね神様っぽくない神様ですが、そのときコノハナサクヤヒメが生んだのが海幸彦やら山幸彦やらです。 - 観應宇之神
知らん。 - 天手力男命
アマノタジカラオは天の岩戸に隠れちゃったアマテラスが表のどんちゃん騒ぎに興味を抱いてちょっと岩の間から姿を見せたところをすかさず引っ張り出した力自慢の神様です。
大田区の神明大神宮の御利益
記憶しているところではビジネスでの反映を願って多くのセールスパーソンや自営業者の方々が集っていたと思います。
お祭りのときには押し合いへし合いだったのでかなりご利益があったのではないでしょうか。ちなみにぼくはご利益にあずかれなかったのでフェードアウトした口です。
大田区の神明大神宮の境内の様子と雰囲気
鉄筋コンクリートでできたお社
そう。知らない人だったらほぼ10人中9人は自分からは自発的に近づかないような感じのところです。
だって鉄筋コンクリートでできたお社の神社なんていかにも新興宗教っぽくてご利益あるの?なんて疑っちゃいそうだし、古臭い木造じゃないとありがたみが感じられない気がするじゃないですか。
実際ぼくもあちこちの神社に行くのが好きでしばしばこのブログでもいろいろな神社を紹介していますが、それは神社とその周りの大いなる自然の雄大さが一体化したところが好きなのであって鉄筋コンクリートでできた神社には正直には行きたいとは思いません。
結婚式挙げちゃった経緯
とはいえ結婚式を挙げちゃったわけで、そもそもの発端は最初に就職した会社がほとんど紹介(っていうか勧誘)によって縁故入社するタイプの会社だったんです。
当時バブル絶頂時期で真面目に就職活動しなかったぼくは知り合いが行っていたものだから愚かにも大学卒業まもなくその知り合いに頼んで入れてもらったんです。
で社員のみんなほとんどがその神社の信者だったからぼくも行きがかり上というか断る勇気がなくて入信しました。入信といってもそんなに恐怖で支配されるわけでもないんだけど結構お金はかかったんですww
何かイベント事があるって言うとお金を出さなければならなかったなあという記憶が残っていますが、別に払わなきゃ払わないでも済むのが悪いニュースになる新興宗教と違うところ。
当時極貧だったぼくはほとんどそういったことで何も払わず(イベントごとには極力参加しないの意)に済ませていましたが、どういうわけか結婚式はここで挙げようなんて夫婦ともども決めてました。ちなみに嫁氏もぼく同様知り合いのツテで同じ会社に入社しておなじように入信してました。
で二人そろってそんな感じだから特に誰にも相談することもせずこの神明宮(27年前はそう呼ばれていた)という神社で結婚式をあげました。
その後ぱったりと足が遠のいた理由
会社に在籍していたうちはそこそここの神社に通ってはいましたが、会社を辞めるとともにその神社にも行かなくなりました。
足が遠のいた理由はいくつかあります。
正直に書いちゃうけど
- 生まれた長女の名付けを頼んだけど性別を間違われて男の名前をもらった(今にして思えば男の子であるべきだったのかと納得)
- 群れるの嫌いだから仕事終わっても会社の人と会いたくなかった
- 何かって言うと金かかるのが嫌だった
- しかも目に見えないものにお金払いすぎるの嫌だった
- 周りの社員で熱心に信仰している人は仕事が大成して金持ちになってるけど自分はそうでもなくて嫌だった
だいたいこんなところです。あとになって思えば同窓会に出席したくない理由とだいたい似ています。一番は周りがどんどん出世していくのをただ見ているのが嫌だった。
27年ぶりに行ってみたら
一度結婚式を挙げさせてもらったところに行きたくないなんていうのは神社だろうとなんだろうと迷信かもしれませんが罰当たりですね。
それでも今さら行ったって誰も知ってる人もおらず咎められることもないでしょと嫁に説得されて行ってみたんです。
そしたら建物が数倍のデカさになっててアデカのラジオCMみたいに思わず「あーでか」とか言ってしまいそうになりました。
なんでも周りの土地を買って大きく建て直したとか。それでもって建て直すときに地面を掘ったら数百年前の観音様らしき像が出土したとかいうことでそれも外にお祀りしてありました。
▼これです。
なんで大田区の住宅地密集地に?
由緒・歴史のところでも触れましたが、そういう疑問が誰でも浮かぶということは想定内のようで人々の密集しているところこそ心の支えとなる神社が必要であるというご信託により大田区に作ったとか。興した人がもともと大田区の住人でもあったことでもあります。
確かに山奥にあったら行きにくいですよね。戸隠やら金刀比羅宮やら特に。伊勢、出雲はまだ平地なので行きやすいです。
内部
土禁であるし拝殿は2階である
で神社の中は一般的なほかの神社とはだいぶん違います。
まず土禁(!)でして玄関で靴を脱いで上がります。ただそれくらいは他の神社でもあるかもしれませんね。富士山麓の新屋山神社の本宮もそうです。
さらに本殿は階段を上がって2階に上がります。ちなみに拝殿=本殿となっています。御簾で仕切られてるだけです。
平屋じゃないってところが不思議です。
主祭神の5柱それぞれに礼拝するべし、順番も決まってる
2階に上がって本殿に入るのに扉の入り口で一度座礼しなければなりません。
で正面まで行って社(御祭神)が5箇所に分かれてありますので5箇所に向かってそれぞれ二礼二拍手一礼して拝みます。撮影禁止なので写真はありません。
右からいうとあまつひこひこほににぎのみこと(天津彦彦火瓊瓊杵尊)、たけみかづちのかみ(建御雷男神)、あまてらすおおみかみ(天照大御神)、かんのううのかみ(観応宇之神)、あまのたじからおのみこと(天手力男命)となっておりその拝む順番も貼り出されて決まっています。
賽銭の入れ方も独特
あとは賽銭の供え方も違います。いきなり現金を入れてもいいのでしょうけど受付で封筒を買ってそれに入れて賽銭箱に入れます。さらに賽銭箱もちょっと違っています。
賽銭箱は普通は一番上には手前から見て縦の格子が渡らせてありますよね。その下には2枚の坂板が貼り付けてあって手前から奥、奥の板に落ちたら手前に向かってまた転がり落ちるという構造が一般的です。
しかしここ神明大神宮の賽銭箱は天井に縦格子は同じですがその下には2枚の坂板ではなく左から右下に落ちる坂板が平行に何枚も貼られています。つまり格子にそって封筒を落とすとそのまま下の板を伝って右下に落ちていくという構造です。
ショックです。こんなハイテクな賽銭箱があったなんて!しかもおそらく小銭だけ賽銭する人っていないかも・・・
正直通ってる人たちがプチセレブだったりするのが癪
そうです。わたしは小さい人間です。
当時からここの神社に通っている人たちの自家用車はベンツだったりBMWだったり国産でもクラウンだったりと高級車が多かったんです。
都会の真ん中で停めるところがほぼない神社にあえて自家用車で来るぐらいだから見せたい人の比率が高いだろうということと、概ね自営業だったら経費で高級車に乗ることも多いだろうということは今になってみれば想像できることですが、当時はそこまで考えが及ばず「どいつもこいつもセレブ気取りかよ」なんて思ってました。
今でもやや思わなくもないです。
そんなわけでその神明大神宮との縁を切ったとはいえ、神社そのものとの縁を切ったわけではありません(と言い訳させてくれ)。伊勢神宮には行きましたし出雲大社にも、金刀比羅宮にも戸隠神社にも行きました。富士山麓の新屋山神社にも数回行ってます。
つまり日本に古来からある神社には、制覇こそしていないものの現在進行形で通い続けています。新興宗教には行っていないというだけの話。
ちなみに明治神宮も靖国神社も明治時代以後に創立された新興宗教の一種であると主張するサイトがありました。
新興宗教が勧誘し古い宗教が勧誘しない理由
余談です。以前ネットで読んだことがあるので受け売りですが、新興宗教はどんどん勧誘しないとすぐに廃れてしまいますが、古い神社やカトリック教会などはクラシック宗教の余裕で勧誘の必要がないのだとか。
歴史があるところは黙っていても人が集まってくるそうな。歴史がないところは廃れないように歴史が形成されるまでは積極的な勧誘をしなければならないとか。なるほど。
おそらくまだ神明大神宮というところは新興宗教と見られているでしょうけれど、これが百年あるいはもっと継続してしまうともはや新興ではなくなりひとつの歴史ある会派?宗派?なんだろか?
伊勢神宮は別格としても戸隠神社とか出雲大社とか金刀比羅宮みたいなもののひとつとして大田区の神明大神宮といわれるようになるのかもしれませんがおそらくぼくらが生きている間は新興宗教扱いでしょう。
そして鉄筋コンクリート作りのお社はちょっと異様な雰囲気を醸し出している気がします。
御神体はなんなのか疑問
別に悪い意味で疑っているわけではありませんが、なにを御神体として祀っているのでしょうか。だいたいいつも御簾で隠れているのと、祭りのときの僅かな時間しか御扉が開かれないのでわかりません。
やっぱり鏡なのかなあ?
直接アマテラスが降臨しているのだからきっと伊勢神宮で御神札を買うとかはしないと思います。
大田区の神明大神宮の御朱印と御守
御朱印とかやってなさそうな雰囲気です。参拝した記念にそういうものをもらうとかあの場所に行くとありえない感じの雰囲気です。
おみくじは抽象的で意味不明
こんなことを書いたら失礼かもしれませんがどこかに残しておくのも無駄ではないと思って加筆します。
以前、この神社に通っていた頃に何度かおみくじを引きました。もともとおみくじで吉凶を占うのはそんなに好きじゃないので付き合いで数度引いただけですがいずれも内容が抽象的で意味不明でした。
あまりに意味不明ですが歌のように語呂が良いので2件は覚えています。
- たどんの黒はあたたまり
たどんというのは木炭のことですが色は確かに黒いです。炭ですから。で火をつければ燃えます。燃えれば暖かいです。これが何を意味するのか今だに意味不明です。もしかしたら「たどんのように真っ黒になって働けば周りを暖めてあげることができますよ」ということが言いたかったのでしょうか。しかし当時真っ黒とはいいませんがかなりブラックな働き方をしていたので働き方が不十分という認識はまったくありませんでした。それなので何が言いたいんじゃ?なのです。当時あれ以上労働時間が伸びたら過労死していた恐れも多分にあります。意味不明なままです。 - くりくり働く妻とり息子 末楽しめる親孝行
これは意味はなんとなくわかりますが、当時独身で彼女もおらずまったく内容にピンと来ませんでした。もしそのとき彼女でもいれば「ああ、この人とさっさと結婚して身を固めてくりくり働いて親孝行すればいいのか」とでも解釈したでしょうがまったく心当たりがありません。なにをすれば良いんじゃ?
ということでおみくじなんて内容に何が書いてあっても結局本人の解釈次第なのだなと痛感した出来事です。だからそれ以後もやたら神社でおみくじを引くことなどせず、すべての事象がおみくじだと思って行動しています。
神社で風が急に吹いたら歓迎されているなんていう些細なことから、車を運転していて渋滞にうまく当たらなかったらツイてるとか。
大田区の神明大神宮はこんな人におすすめ
ビジネスで成功を収めたい人が足繁く通う神社という印象しかありません。
ただし地獄の沙汰も金次第という諺があるように初穂料(?)だかお布施(?)だかを渋る参拝者にはやさしくないと思います。
惜しみなくお金を払う人にはどんどん助言をしてくれるという印象です。その助言の根拠は中国古来から伝わる大気真理学(五行だか風水だかみたいなの)とか四柱推命などです。
トップ数人の神職の方々はめちゃくちゃここらへん詳しくて「諸葛孔明かよ」ってツッコミを入れたくなるでしょう。
ちなみにぼくは金が続かなくて断念して現在に至ってます。
まとめ
その神明大神宮の神官の人たちはかなり易に関して博学のようで嫁のことやその友人、はたまたその場にいないぼくの生年月日だけでかなりのことを言い当ててしまっているようで「言い当てられるのは癪だけどそのとおりになってしまっている」という現実は認めます。
ではそれを打開し未来を開くにはどうするかというと現地に赴いて相談して助言をもらうとかしないといけないんですね。基本は先祖の供養らしいです。
だから新興とはいえ全国から詣でる人が大勢います。
27年ぶりの記念日にに奇しくも結婚式をあげた神社に詣でた記録でした。
余談:祟りもなんのその移設されていた羽田の大鳥居
今回の本題とは関係ないですが羽田に行ったら羽田空港の大鳥居を見たいと思って一人で行ってみました。
東京都の大田区といえば羽田空港があるよね。羽田空港の敷地内だか外だかよくわかんないけど鳥居を除去しようとしてもできない(祟るとか)っていうことで鳥居だけ敷地の片隅にぽつんと残っているっていう話は結構有名です。
今回はそんな鳥居を目指して行ったわけではなくたまたまその鳥居も行ってみたかったから行ったんだけど意外とそこに行くのは簡単だったよ。
以前は別の場所にあってどうしても移設しようとすると祟られたらしいんだけど平成11年に今の場所に移されたようです。
新婚当初はこのあたりに住んでいたので鳥居がここにあったなら見ていたはずなのに、こんなところだったかなという疑問がこの場に来たときありました。平成11年といえばすでに引っ越したあとだったわけで道理で見なかったわけだと納得しました。
平成11年といえばあと2年で21世紀ですからね。祟りなんて起きる?ってみんな冷静になったんじゃないのかな。