日清講和記念館みたらそのまま通路通って赤間神宮いくと安徳天皇陵とか平家の供養塔があって見どころが詰まってる

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日清講和記念館

下関へ来たらお約束です。そう、日清講和記念館へ行くのは。

なぜか?明治維新政府になってから初めての外国との戦争が日清戦争です。その日清戦争に勝って講和条約を結んだ記念すべき場所がこの日清講和記念館というわけだからです。

っていうか下関も萩同様に見るところ多すぎ。とても一日では見きれないところですが1日で見なければならないので駆け足で見ていきましょう。

日清講和記念館

駐車場

駐車場はすぐ前の斜めになったところ(冒頭写真)に7〜8台ぐらいは停められます。本当は下関春帆楼(しゅんぱんろう)本店の駐車場なのかもしれませんがそれにしては停められる台数が少なすぎますのでやっぱりここは日清講和記念館に訪れた人のための駐車場と見て良いでしょう。

もし一杯で停められないとか下関春帆楼本店の人にどやされたりしたら赤間神宮の駐車場を利用しましょう。道の反対側でちょっと不便ではありますがほぼ確実に駐車できると思われます。

さて日清講和記念館の入口に入る前に下関春帆楼本店の建物がありますがそのすぐ玄関前に記念碑が1本立っています。「史跡春帆楼 日清講話談判場」と掘られています。

日清講和記念館

なぜこの春帆楼の玄関前に記念碑があるのかというと、もともとはこの下関春帆楼本店で日清講話会議と下関条約の締結が行われたからです。

そしてそれを記念して同じ敷地内に記念館として会議場を復元した建物を建てたというわけです。

では中を見てみましょう。

日清講和記念館

入口ですが、こちら入場料は無料です。入場料のかからない施設があちこちあるから1日で回りきらないほどスケジュールに組み込みたくなっちゃうんですよww

みんな有料にしてくれれば優先順位決められるのにw

日清講和記念館

▼無料だけあって中はシンプルです。建物内の中央にガラスで仕切られた部屋が復元されていて、こんなテーブルに椅子と当時の誰がどこに座ったかわかるような名札が建てられています。

この中にはよく名前の知られている伊藤博文はもちろん、陸奥宗光も参加しています。陸奥宗光といえば海援隊の一員でしたね。坂本龍馬と深く関わった人が近代日本でも活躍していたということ、そして近代日本と現代日本ももちろんつながっています。

ということは坂本龍馬と我々はちゃんとつながっていると実感できませんか。

そして清国側の代表として李鴻章が出席しています。日本史で習って名前だけは覚えていました。日清講和記念館

このテーブルのまわりから撮影できますので興味がある方はぜひ自分で見に行ってみてください。

施設情報

入館料:無料
開館時間 午前9時~午後5時 (年中無休)
駐車場は下関春畝楼のを使えるかも
なければ大通り反対側にある赤間神宮の駐車場が最寄りとみられる。

赤間神宮

安徳天皇阿彌陀陵

さて、日清講和記念館へ行ったらそのまま裏手を通って赤間神宮へも参拝できてしまいます。日清講和記念館と下関春帆楼との間にある小道から直接赤間神宮へ行けますがその途中の通路の横に何やら門があります。

これが実は安徳天皇阿彌陀陵です。

つまり源平最後の戦いである壇ノ浦の合戦で幼くして命を落とした安徳天皇をお祭りしてあるお墓というわけです。宮内庁管轄ということで気軽に中には入れません。

赤間神宮

通路から赤間神宮へ入って振り返るとこんな石碑と看板が立っています。うっかり見落とすところでした。赤間神宮へ参拝の際にはこちらの安徳天皇阿彌陀陵にも合掌しておきましょう。赤間神宮

赤間神宮

行ってみるとインスタ映え狙ってガッツリ撮影しているおっさんがいます。アレがいなければぼくもインスタ映えしたいい写真が何枚か撮れたのに残念。

赤間神宮

ちょっと早めの七五三のお参りに親子で来ていたような家族連れも見られました。赤間神宮

耳なし芳一堂

赤間神宮の前身が阿弥陀寺で耳なし芳一の舞台になった寺であったということで耳なし芳一さんの像も祀られています。

赤間神宮耳なし芳一堂

耳なし芳一の話はまんが日本昔ばなしとかで見て知っている人も多いかと思います。

平家一門の墓(七盛塚)

壇ノ浦の合戦で破れた平家一門の供養塔があります。

赤間神宮平家一門の墓(七盛塚) - 壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の合祀墓(供養塔)

こういうところは敗者の怨念がいっぱい詰まってそうだから厳かにお祈りだけして速やかに退散します。赤間神宮平家一門の墓(七盛塚) - 壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の合祀墓(供養塔)

ちなみに壇ノ浦の戦いで敗れた平氏は完全に滅亡したわけではなく、現在もその子孫はいらっしゃる模様です。

全国平家会 – Wikipedia

まとめ

日清講和記念館は予定に入れてましたが前もってどういうところだかネットで写真を見られたので、現地ではすでに見た景色の再体験というか既視感があり大きな感動はありませんでした。

一方、そこから通路を通って見に行った赤間神宮とその中の施設は予定外だったものでちょっとした感動がありました。

耳なし芳一はほぼ物語ですからそれとしても、平家一門の墓というのは現実味があります。実際にこの赤間神宮のすぐそばの壇ノ浦で戦い敗れ、そして安徳天皇ほか大勢が海の藻屑となったわけでして。

そういった戦いの上に今の平和があるということを考えると、覇権争いって怖いなあとか、人間て結局利権を求めちゃうんだよなあとか思います。

「赤間神宮」に該当するホテル・宿一覧の検索結果 – じゃらんnet

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