なんか気になるテレビCMでよく見る情弱な先輩を後輩が見下すアレ

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Bussinessテレビはめったに見ないのですが、ときどき見ると嫌でもコマーシャルが目に入ってきます。

そんなコマーシャルで何年も前から目にしたり耳にしたりしていてモヤモヤしていた原因がわかったので主観的に話をしてみたいと思います。

あくまで筆者の主観であって統計的根拠があるわけでもなんでもないので不要な粘着はしないように。

テレビやラジオのコマーシャルでよくあるシチュエーションは情弱な先輩を見下す後輩

例1:ブランディア

まず筆頭に思い浮かぶのがこれ。

菜々緒さん美人で個人的には好きなんだけどこのCMでは超絶嫌味に見えて心が痛いわ。

例2:思い出せない

すみません。上記菜々緒さんが強烈すぎてほかの情弱先輩VS見下し後輩のコマーシャルぱっと思い出せません。

いずれ思い出したり、新たなCMでピピッと感じたらここに追記します。

とにかく上記菜々緒さんでわかってもらえると思うけど、情報リテラシーが高い後輩が情弱な先輩を表面上では「こうですよ、先輩ったら」などといいつつ心のなかでは見下しているというシチュエーションが痛いほど伝わってきてます。

考えられる理由

いったいなぜこんな不快とも受け取られかねないCMが跋扈(ばっこ)するようになってしまったのでしょうか。2つ理由を思いつきました。

その1:願望の投影

おそらくコマーシャルを見る世代は大人です。

大人は先輩あるいは上司を立てなければなりません。

しかし情弱な上司に正面から新情報を教えたりすると上司は「それがどうしたっ?」ってばかりにパワハラで攻めてくるでしょう。

つまり後輩は情報リテラシーでは勝ててもパワーハラスメントでは勝てないのです。

情弱先輩や情弱上司にまともに合理的な意見をぶつけようものなら数倍になって報復を受けるという現実がまだ社会にははびこっているのではないでしょうか。

だからテレビCMなどで先輩を見下しつつ「センパイ、そんなときにはこれですよ」みたいにやり込める後輩の姿を見て溜飲を下げているのでしょう。

つまり現実には不可能だからこそ映像として社会から受け入れられるというわけ。

だって身の回りにある普通の光景だったらテレビでやってもありふれててつまらないでしょ?

その2:明るい未来を暗示

情弱なセンパイをリテラシー高めの後輩が見下すって痛快なんだけど、もし逆のことを演じたらどうですか。

後輩が情弱でセンパイがリテラシー高めだったら?

本来すべて(かどうかわからないけど)の生命体は世代が進むに従って進化していきますよね。

それで情報リテラシーが高いのも後輩でなければ自然でないわけです。

センパイはまだ世代が古いからスマホでなにかものごとを調べるのもヘタだけど、後輩は情報リテラシーが高くて何でもスイスイとスマートにこなしてしまうのです。

つまりそうやって世代が進むにつれて賢くなっていきます。

逆を演じさせてしまうと、本来あるべき姿と逆行して人間が退化していると思ってしまい暗澹たる未来を連想してしまうからなのではないかと思います。

別に未来なんて特に日本ではぜんぜん明るくはないんだけど明るくない未来を明るくないなんてまともに言ったら商品が売れなくなってしまいます。

うそでもいいから明るいように見せかけたいのです。

だからセンパイより後輩が優れている。未来は順調に来るよ。だから安心してこの商品(またはサービス)を利用してね、っていうメッセージです。

まとめると結局

コマーシャルって心地よいものを消費者に見せて商品やサービスを利用させようとしているだけなんだなあと思い知らされたような気がします。

 

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