AmazonのKindleで読んだ吉川英治の宮本武蔵。野性味あるがストイックな男をビンビンに感じて惚れた

AmazonのKindleで読んだ吉川英治の宮本武蔵。野性味あるがストイックな男をビンビンに感じて惚れた

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吉川英治のほぼ全作品が入ってるんじゃないかっていうくらいの合本をKindle版で買って読んでました。

そのほかにもAmazonプライムビデオとか見まくってもっぱら生活が発信側ではなく消費側リッチになっていてブログが滞ること甚だしいです。

そんなわけですから久しぶりに書く記事としても宮本武蔵の感想なんてのになったりしますが、お付き合いください。

吉川英治が宮本武蔵の連載を始めたのが1935年といいますから太平洋戦争が始まる前なんです。そんな昔に書いた本でありますが現代においても実に面白い内容で、いや現代だからこそ男臭い男がいない世の中にあってこんな男がかつていたのかと読みながらしばしば驚きまた唸りもしました。

以下に宮本武蔵を読んだ中でここのフレーズは「イイね」ってところにマーカーを引いておいたので紹介します。

引用が多すぎて記事として成立しないかもしれませんが、素晴らしすぎて皆紹介したいし、拙ブログを読むような人ならきっと感性が似ているような気がしますので未読の方はぜひ読んでみてください。 決して後悔しないと確信しています。
各引用と並んでいるリンクはどういう動作をするのかわかりませんが、本を開いて数字のページを開けば引用部分があります。

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吉川英治の宮本武蔵しびれる

生れ出たこの世において、どこまで自分というものが磨き上げられるか──それを完成してみないうちに、この生命をむざと落してしまいたくないのである。Read more at location 249735

「これに生きよう! これを魂と見て、常に磨き、どこまで自分を人間として高めうるかやってみよう! 沢庵は、禅で行っている。自分は、剣を道とし、彼の上にまで超えねばならぬ」  と、そう思った Read more at location 249970

柳生谷の剣宗石舟斎あたりの高さを思いくらべると、口惜しくても、悲しくても、自分などのまだ青ッぽいことが余りにもわかってくるのだった。兵法だの、道だのと、口にするのも気恥かしくなって、くだらない人間ばかりに見えた世間が、急に広くなり恐ろしくなり、そして遽に Read more at location 256439

人として生まれたからには自分というものをどこまで高みに持っていけるか試してみたいという気持ちです。剣の道だけではなく全てにおいて高みを目指しているストイックすごい。

「おわかれ申します。……生あれば、またいつかは」 「む。こちらも、ゆく雲、流るる水。……会えたら会おう Read more at location 249958

人との別れに際しいつまでも名残を惜しまずサラッと別れる潔さ。再開できれば縁あり、できなければただ縁がなかっただけと達観しています。

家庭ではおそろしく不精でやかましやの男が、色街へ来ると、案外親切で小まめで、自分で窓の戸をあけたり、敷物を出したり、働きたがる男というものはよくあるものだ Read more at location 250248

世の中の大半の男を良く見切っています。飲みに行った席で妙に気が利く男を見るとああ、この人家じゃなにもしないタイプなのかななんて思って見るようにしましょう。

(世の中というやつは、まるで石垣だ、きっちりと、使われる石は組んであって、後から入る隙はねえものだ)  すこし疲れて来たが、また、 (なあに、蔓の見つからねえうちが、そう見えるんだ、うまく、割り込むまでが、むずかしいが、何かへ取ッついてしまえば Read more at location 254791

何にしてもとっかかりを掴むまでが大変なものです。初めて行うことはなおさら。上手くコツやワザやら手がかりやら人の伝に入り込めれば意外とあとはスムーズにいくのかもというたとえ。

(今から小理窟は早い、剣は理窟じゃない、人生も論議じゃない、やることだ、実践だ Read more at location 256442

いやまったくその通り。理屈より実践です。自分で実践したことしか結局自分の武器として後々使えないということ。

自己の弱点を見出すごとに、彼は自誡のことばを一つ書いた。だが、書いただけではなんの意味もなさない。朝暮に経文のように唱えて胸へ刻みこむのでなければならない。従って、辞句も詩のように口で唱え易いことが必要であった Read more at location 258675

さらに自分の実践して得た技術も何度も反芻するように唱えることが大事だってことです。

わしは師の自斎先生よりも、もっと秀でた天稟を持って生れていると思っている。だから、先生よりも偉くなるつもりなのだ。あんな片田舎で晩年を埋もれてしまうような剣士で終りたくないの Read more at location 260793

これは驕る小次郎の言葉だったと思います。確かに驕りたくなるほどの実力を持ってはいたのですけどね。

吉野は悪びれぬ態で、すぐ琵琶を抱えた。それが、芸のあるを誇るという風でもないし、また芸がありながらひどく謙譲ぶるといったような嫌味でもなかった。いかにも素直なのである Read more at location 263312

優れた芸を持っていてもそれをひけらかすこと無く自然に披露できれば嫌味なくいられるのですが、つい芸を持っていると鼻の穴を膨らましてドヤ顔したくなるのが人情です。

「武士の支度は、寝る間にも出来ておること、いつでも参られい。理も非もない喧嘩仕かけに、人間らしい口数や、武士らしい刀作法は、事おかしい。──だが、待て、一言聞いておきたい。各〻はこの武蔵を、暗殺したいか、正当に討ちたいか Read more at location 264141

武芸というのはなるほどそういうものかと目から鱗が落ちた話。そもそも殺し合いなのだから挨拶もクソもなく、いつでもどこからでも来ることを24時間想定して隙無く行きていなければならないはず。なかなか他の芸には当てはまりません。強いて言えば文章を書くものはいつでも面白い文を書ける準備を、話芸の人はいつでも聴衆を楽しませる話を懐に用意していなければプロとはいえないということでしょうか。

「卑劣者は、人の心事も卑劣に邪推す Read more at location 264162

そうですね。心にやましいことがあると人のことも疑ってしまいます。

迦陵頻伽Read more at location 266196

読めませんでした。
迦陵頻伽 – Wikipedia
極楽浄土に住む想像上の半人半鳥です。

「お甲のためだというが──又八、そういう考え方は男の卑劣だぞ。自分の生涯を創ってゆくものは自分以外の誰でもない Read more at location 266630

誰のためとかいうのは言い訳だそうです。

噂だけを聞いて、武蔵にあわないでいたうちは、なんの彼奴がと、多寡をくくっていられたが、こうして五年ぶりで変った姿に出あってみると、いくら意地を張ってみても、又八はなにか友達らしくない威圧さえ彼から受けて、自分の影に負けめを抱かずにはいられない。そして常に胸に持っていた武蔵に対する反感も、気概も、自尊心までも同時に失って、ただ正直に自分の意気地なさばかり、心の裡で責めるのであった Read more at location 266641

同期だろうと同窓だろうと出世した人が妬ましいとかって多少なりともあります。だいたい同窓会開こうって言い出す人は一流企業勤めか独立自営している人と相場が決まってると自分は勝手に思い込んでます。

武力のない者に限って、ただ漫然と武力に絶対な恐怖をもつが、武力の性質を知れば、武力はそう恐いものではなく、むしろ平和のために在るものである Read more at location 271844

核もそう?

あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれ Read more at location 272245

レディガガはかつて高校時代同級生が皆Googleで働きたいと言っていたときに自分はGoogleで検索される人になりたいと思っていたそうな。それと同じですね。

御所のお米を作る御田という名が残ってい Read more at location 272909

伊勢大神宮の御厨の土地でもあった。飯倉という地名も、そこから起ったのであろう Read more at location 272910

三田という地名はだいたい御所のお米を作る場所だったようで。こういう地名の由来がわかるのも歴史小説の面白さです。
三田 (東京都港区) – Wikipedia
飯倉 (東京都港区) – Wikipedia

(男女の仲について)ひとは、男の責任とする。  女が、女自身の心でうごいて来ても、その結果のいいわるいは、男のせいにあると観る Read more at location 275653

これについてはノーコメントとしておきます。

死んだ鳥の肉は不味かった。自分だけの身を考えて、あわててそんな死肉で腹を膨らましてしまった伊織は後悔した。──自分を捨てて、大勢のために考えれば、食物はひとりでに、誰かが与えてくれるのだということを覚えた Read more at location 276378

人のことを考えずに自分の食べることばかり考えていると美味しいものを食べ損なうという話。

では、烏滸な沙汰ですが、私が山僧にかわって聞きかじりの請売りを少しご案内いたしましょうか Read more at location 280099

このフレーズはちょっと使えると思いました。人前で何か話さなければならないときに枕詞で使えそうじゃないですか。

「艱苦に克ったすぐ後には、艱苦以上の快味がある。苦と快と、生きてゆく人間には、朝に夕に刻々に、たえず二つの波が相搏っている。その一方に狡く拠って、ただ安閑だけを偸もうとすれば、人生はない、生きてゆく快も味もない Read more at location 281335

生きていくからには苦しいことも当然として受け入れなければならないということです。苦しいからと逃げているだけではだめで打ち克ってこそ人生の快楽を享受できるのだと。

「勘」は、無知な動物にもあるから、無知性の霊能と混同され易い。智と訓練に研かれた者のそれは、理論をこえて、理論の窮極へ、一瞬に達し、当面の判断をつかみ取って過らないのである Read more at location 281589

これ深いです。鍛錬あればこそ一瞬の判断が常に的を射たものになるのだという話。

何万年とも知れぬ悠久な天地の流れのうちに、六十年や七十年の人生は、さながら電瞬のような短い時でしかない。その短い一生のあいだに、会い難き人に会うというほど尊いものはない Read more at location 281861

短い人生の間にお互いにとって有益な人に出会えることはそうそうないのではないかという話。

碌々、米も作らず布も織らず、百姓のたがやす粟を喰っている身は──まさしく世間の恩で生きている Read more at location 282822

これサラリーマンにいえる話です。どんなに商売が上手な人でも地面から生えているものや野を歩いている動物を口に入れて食べられる形にしてくれる人の恩で生きているということを忘れてはならないということ。

修行は寺でもできぬことはないが、世間の修行が難事。汚いもの、穢れたものを忌み厭うて、寺にはいって浄いとする者より、嘘、穢れ、惑い、争い、あらゆる醜悪のなかに住んでも、穢れぬ修行こそ、真の行 Read more at location 282975

これは深い。寺に入ったり滝を浴びたりするのも修行かもしれませんが、人の間に入って難苦に触れても汚れなく生きることこそ修行です。我々ほとんどそうしてますね。

大人の常識には限界があるが、少年の思いつきには限界がない Read more at location 283958

少年の心を持ち続けるのは難しくも大切なことかもしれません。新鮮な発想は常識に囚われた大人ではでないこともしばしばあるでしょう。

白い紙は、無の天地と見ることができる。一筆の落墨は、たちまち、無中に有を生じる。雨を呼ぶことも、風を起すことも自在である。そしてそこに、筆を把った者の心が永遠に画として遺る。心に邪があれば邪が──心に堕気があれば堕気が──匠気があればまた匠気のあとが蔽い隠しようもなく遺る。  人の肉体は消えても墨は消えない。紙に宿した心の象はいつまで呼吸してゆくやら計りがたい。 Read more at location 284261

虎は死して皮を留め、人は死して名を残すという諺の発展したものという意味と捉えています。

一定の形に囚われているうちは、人間は無窮の生命は持ち得ない。──真の生命の有無は、この形体を失ってからの後のこと Read more at location 284549

たぶん守破離 – Wikipediaのことだと思っています。

波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを Read more at location 284836

雑魚の域から脱するように鍛錬精進しましょう。

まとめ

引用箇所が多すぎてSEO的にはNGな内容の記事ですが、紹介せずにいられません。

宮本武蔵読んでてヒロインもでてくるんですが、そのヒロインと結ばれるんだろうかということばかり気になってしまってました。武蔵クールです。

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