本音と建前は離れているものだがどれだけ近づけられるか

flickr
photo credit: UN Geneva via photopin cc
本音と建前というのはどんな世界にもありますよね。
職場でも夫婦間でも建前はちゃんとわかっているけど本音のところでは、こうなってしまうみたいな。
その本音と建前のお話。

会社でISO9001の更新審査がありました。
ISOの審査なんていったら知らない人もいるかもしれませんが、一言でいってしまえば国際標準の品質管理手法です。
その手法は細かく細分化されていて、いろいろやらなければならないことがたくさんあります。

その国際標準の規格に則った独自のルールを定めて実行するのはそれぞれの会社だったり組織だったりします。
そして僕が目下のところ勤めている会社も更新審査を受けました。

今回は初めてISO対策担当の一人に任命されました。(ISOは全社でやるものではなく担当ががんばるものというそこから認識がちょっとずれていたりします)

そこで一層強く感じたのは本音と建前を近づけられるかどうかだということです。

ほとんど嘘八百

まずそもそも多くの中小企業がISO9001だの14000だの取得して、どれくらいちゃんと運用しているのかわかりませんが、わが社はあまり出来ていません。

出来ていないものを一夜漬けみたいに書類を整備してさもやっているように見せかけるのです。
僕はこんなブログですが自己表現の場をもっていて言いたいことは言いたい人間で馬鹿がつく正直者です。やっていないものをやっているように見せかけるのは大嫌いで、やっていないことに関しての指摘は甘受し改善していきたくそれを繰り返すものだと思っている人間です。

しかし幹部の方々は見事に虚構を作り上げて砂上に1日半か2日程度持つだけの楼閣をつくります。
見事としか言いようがないし、とてもまねができません。

会議をやっていないのにやっているように議事録がビシっとできていたり、内部監査をやっていないのにやったかのように監査報告書をつくりご丁寧に指摘事項と是正のフォローまで揃っています。

その監査の場にほとんど出席していましたが、なんど心の中で「うそつけーー!」と叫んだことか!

幹部の方々は平然と嘘をつきます。

そういえば平気でうそをつく人たちっていう本を昔読んだことがあります。
きっと同じようなことが書いてあると思って期待して読んだけど全然違っていたような記憶です。

本音を建前に近づけたものが勝つ

ここでいう本音とは普段の生産活動や私生活だったりのことを指し、建前とはISOなどの規格や昔道徳でならったようないわゆる正しいことです。

よく「オレは本音で生きてるゼ」とかいう強がり言葉を昔聞いたけど、いまは聞きませんね。
本音だけでは世の中渡っていけません。本音がものすごくラフな人は社会生活を送るのが大変なのではないでしょうか。かくいう自分がそうだから。
建前を重視しなければならないときにそれがストレスになります。

でも建前をスムーズに行動に移せる人も大勢いるでしょう。そういう人は生きるのが楽なのではないかと思います。素敵な人のことを「自然体」とかワケわからん言葉で表現するのを聞いたことがありますが、きっと後者の人を形容して「自然体」と呼ぶのかなあと思ってます。

どういう違いなのでしょうか。
育った環境の違いはあるかと思いますが、甘えがあるでしょう。
人は皆楽なほうへ楽なほうへと流されがちです。きちんとしているよりしていないほうが楽です。(一時的には)

記録をつけるよりつけないほうが楽に決まってます。(だってこの作業の担当は自分だけなんだもん。ほかに誰も関わらないのに記録残してもしょうがないじゃん)

しかし、いつかしっぺ返しがくるかもしれません。

楽なほうばかり選択しているとある日突然天変地異が起こりちゃんとやっていなかったことを後悔するときがくるかもしれません。

僕は決してこの場で会社を告発したいと思っているわけではありません。あるべき姿を目指すべきであると思うのです。

働き過ぎには気を付けよう

建前に近づきたいという思いで今まで楽をしていたのを急にいろいろきっちりやるようになると当然労働時間が長くなることが考えられます。

正直言ってISOとかで要求していることを全て真面目に実行していたら何時間働いても足りないという事態になりかねないと思いました。

それくらい書類や記録を残さなければならないのです。
まあ、会社によって違うのかもしれませんが。

確かに本音を建前に近づけなれば国際的に立ち行かないという状況になります。しかしそれはそれでどんどん労働の長時間化につながりかねません。

いかに長時間労働にならないように建前を満たすかということが課題です。