松陰神社の境内に松下村塾などいくつか施設があるからここは一気に見られるし見るべき

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松陰神社

萩市の東のほうに松陰神社があります。萩を観光するならここも予定に入れておくと松下村塾もあり吉田松陰幽囚ノ旧宅もありまた松陰歴史館もありまとめて見られて便利です。

そこで当記事でもまとめて紹介します。まとめるからって中身が薄い施設というわけではありません。あと松陰歴史館は個別で紹介します。

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松陰神社の境内にいろいろある吉田松陰ゆかりの施設

駐車場

松陰神社は立派な門と塀に囲まれています。自動車なんぞで一般人が入ってはまずいかと一瞬躊躇しますが、ぜんぜん大丈夫。

松陰神社駐車場中に10台かそれ以上は停められる駐車場がありますのでズイズイ入りましょう。▼ここが駐車場だし、トイレは新しい立志殿という建物のすぐ脇にあります。

松下村塾

ご存知松下村塾です。ここを見ないと後ろ髪を引かれるようで絶対見ておくべきです。

といっても高校生のとき修学旅行に来て、もっぱら学友と貸し自転車に乗って西の堀内近辺をただ意味もなくふらついていただけでした。

あの日に戻って自分を殴ってやりたいくらいです。しかし、10代の学生のうちってそんなもんですかね。萩という街は修学旅行などで来るべきところではないとつくづく思います。

松下村塾

大人になってある程度、酸いも甘いも嗅ぎ分ける経験をしてから来るべきでしょう。じゃないと見ても何も感じませんよ。

それかよほど幕末の歴史好きじゃないともったいない。親に修学旅行費用を出してもらってただ自転車でふらふら徘徊していた自分が情けない。ただただ後悔です。

 


松下村塾

ここで彼ら明治維新の功労者たちが勉学に励んでいたかと思うと、自分もまだまだ苦労が足りんなあなどと他人事のように思います。

まあ苦労なんてしないで一生過ごせればそれが一番ですからね。

松下村塾

 

松下村塾

▼この部屋で議論を戦わせていたということです。

松下村塾

松下村塾

 

吉田松陰幽囚ノ旧宅

幽囚の旧宅というのはなにかというと、松陰は海外渡航に失敗して最初萩の野山獄というところに収監されましたが、その翌年に蟄居を命じられてここの一室に籠もっていたというようなものです。ここから弟子たちに学問を教えて松下村塾に発展していったわけです。

吉田松陰幽囚ノ旧宅

普通の家ですがおそらく外へ出ることを固く禁じられていて松陰もそれに従っていたのではないかな。

吉田松陰幽囚ノ旧宅

吉田松陰は下級武士なので家も粗末です。

吉田松陰幽囚ノ旧宅

松陰神社

では神社にお参りしましょう。松陰神社はもともとは、

松陰の実家である杉家により私祠として村塾の西側に土蔵造りの小祠が建立されました。
引用:  萩市観光協会「ぶらり萩あるき」

ということで小さい祠だったのを

その後、門人の伊藤博文、野村靖などが中心となり、神社を公のものとして創設しようという運動が起こり、明治40年(1907)に県社の社格をもって創建が許可されました。
引用:  萩市観光協会「ぶらり萩あるき」

学問の神様として信仰されているようです。もう学生ではありませんが、頭あるいは思考(志向)を良い方向に導いてもらえるように願っておきましょう。松陰神社ちなみに神社というとほとんどの場合、東から南のいずれかの方向を向いて建てられていますが、ここ松陰神社は珍しいタイプで西を向いています。

さらにちなむと茨城県にある鹿島神宮という神社の本殿も南から東あたりを向いておらず北向きでした。

香取神宮と鹿島神宮は一対らしいので行くなら両方一度に行くべし。しかも要石は両方ちゃんと見ておいたほうがイイよ
晴れた日の週末にちょっくら運をもらいに東のほうの神社をお参りしてみることにした話です。 特に根拠はないが、東日本の有名な神社ということで香取神宮と鹿島神宮は欠かせないはずなのに実際この歳になるまで行ったことがなかったんです。 ...

松陰神社

せっかく萩まで来て松陰神社をお参りしにきたのですから後悔しないように、奮発してお札を賽銭しましょう。

旅先でグレーなマッサージなど試行しないように願いましょう。

松陰神社

「松下村塾」の観光情報 – じゃらんnet

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