伯母が亡くなって我が父が最後に残った姉弟

親の姉弟
2015年のことです。伯母が8月12日に亡くなりまして通夜、葬儀、告別式と参列してきました。
5人姉弟の次女であり私の父親の姉弟が我が父以外全て世を去りました。

前の年に別の伯母も亡くなっており連続しての死別ということになります。
父親の気持ちを察するとどうしてよいものやら戸惑います。

奇しくも遡ること約1年前にずいぶん長く伯母に会っていないからと父に道案内してもらい連れ立って伯母に会いに行ったのが私にとっては今上の別れでした。
父もそうだったかもしれません。

私の父親は現在83歳で男性にしては長生きをしています。
覚悟はしておりますが、なかなか肉親の死というものは現実的に捉えるのは難しいことです。

父親はつい20年近く前までタバコを常用していましたので肺の病で倒れるのではと思っていましたが、健康に気遣い禁煙してからは調子が良いようです。

禁煙に遅すぎるということはないのかなと思ってしまいます。

しかし家系として心臓が悪いようで伯母の一人はペースメーカーを入れていたのと、父親は心臓の血管にステント挿入の手術を数回受けています。

父親ももう年で耳も遠くなっており、いろいろな感覚も鈍くなっているのかひどく悲しんでいる様には見えませんでした。もっとも昔の日本男子ですから人様の前で泣くようなことは慎むよう厳しく躾けられてきたためともいえるでしょう。

数年前までは父親の姉たちも健在で一緒に旅行に行ったりもしていたようですが、いよいよ姉弟では父一人残って一緒に出かける機会は閉ざされました。

先日は父を中心とした昔の家族(父母と私の姉弟)とで日帰りドライブを楽しんできましたが、父親には残りの人生を楽しんでもらいたいと思っています。

通夜のとき姪から100まで生きなよと言われたとき「100?余裕だよ。あとたかだか17年だよ」と嘯(うそぶ)いていましたが今の健康状態を維持できればもしかしたらイケるかもと期待しております。

自分のことは二の次で家族に尽くしてくれた昔気質の父親

昔の人であるということと中学を出てすぐ働くようになったのであまり羽目を外して遊んだという話は聞きません。
結婚して家庭を持ってからはひたすら働くばかりで趣味といえば商店主の集まりで河原に釣りに行くとか、お金のかからないタバコの空き箱で傘や鳥を作ったりといった程度しか見た記憶はありません。

私のわがままで自宅から通えない大学に進学してもちょっと渋い顔をしたぐらいで学費や住居費を4年間払ってくれたり。(ちなみにそれ以外は自分で稼いでました)

いやホントに父親が趣味人で今の自分のように金遣いが荒かったらとてもまともに自分は育たなかったのではないかと感謝感激雨あられです。もっとも大学を出たからといってその後が順風満帆に行くかといえば別問題ですが。

伯母も90まで生きましたから十分といえば十分なのですが、それでも肉親が一人また一人とこの世から亡くなっていくのを見送るのは寂しいものでしょう。まだ自分にはそこまで近い人に先立たれた経験がないのでどれくらい寂しいのか本当のところ想像できません。
人はいつか死ぬもので、まして90近くなれば当たり前なのですが直面するのは嫌なものです。

少なくとも最後に笑って旅立ってもらえるよう残りの時間は何かに煩うことなく生きられるようできることはやってあげようと思います。