人の嫌がることを進んでしなさいという言葉で気楽になった

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何年か前からカスタマーサポートの業務を仰せつかっている。カスタマーサポートというとさらりと流される聞こえの良い音色だが、表現を変えて現実的にいうと「クレーム対応」だ。会社内では品質管理とか品質保証とか呼ばれている。現実には品質管理と品質保証は別物なのだが中小企業では同一視され、同じ人間が従事することが少なくない。

当初からクレーム対応の仕事はいやだいやだ思いながらやっていた。あまりにも嫌で気分が悪くなり会社を休み精神科に診てもらったこともあった。それでも会社が会社なので職場を変えてくれるようなことはないし、ほかの職場へ行ったら行ったで嫌な上司が待っているかもしれない。ほんとうに嫌で毎年暮れになると来年持たないで潰れてくれと本気で願っていたものだ。あるいは縁切りにご利益がある神社へ本気でお参りしたこともある。それがある本とある人の言葉ですーっと気楽になった。

Photo:Hate & Anger By Pro-Zak

気持ちが楽になる

ある本とはもう結構有名かもしれないが、「夢をかなえるゾウ」という本だ。

ゾウの姿をした神ガネーシャが主人公にいくつかの指示を出すが、その中のひとつに「人の嫌がることにこそビジネスチャンスがあるんや」というようなことを言っていたのだ。しかしそれだけでは「なるほど」と思うだけだったが、ネットでよくよく見るとクレーム対応という仕事は人の嫌がる仕事の部類に入るらしい。確かにクレーム対応と飛び込み営業は誰だってやりたくないような仕事だと思う。中には飛び込み営業が好きっていう人もいるかもしれないが、大多数の人はやりたくないのではないかと確信している。大抵の人は知らない人に自分や商品を売り込んだり、社外の人から責められることを望まない。知っている人とだけ交流しているほうが気楽で安心なのだ。

そんな大多数の人がやりたくない仕事を仰せつかっているなんて、自分から望んでいないことではあるが、「人の嫌がること」を業務としてやっているのではないかと自信を持てたのだ。
そしてある人の言葉とは、すでに会社を退職されていて今でも交流のある人からの年賀状で「大変だろうけど我が道を行けばいい」というものだったのだ。いつも愚痴を聞いてくれている人でありがたいと思っているが、こういう一言と先ほどの経緯と重なりあい信じられないほど気楽な気分になった。

そう、自分は会社の中で誰もやりたがらない大変な仕事をしているのだ。

通常製造業であればクレーム対応といっても組織的に対応しなければ再発が起こり会社の信用を無くす。自分が勤めているような中小企業ではなかなか組織的に対応するということは難しく結局担当者がゲリラ的にまるでモグラたたきゲームをやるように処理することが多いのではないだろうか。もちろん代品を納入する必要があればそれなりに動きはあるが、再発防止のための対策となると結局クレーム処理係が適当に取り繕った作文を提出するということになりがちではないか。

こうやって書くと簡単に仕事をさばいているようにも読み取れてしまいそうだが、実際はまるっきり嘘八百は報告できないので、製造現場の負担が増加しすぎないように、かつお客様がこれならと納得するような対策案をうまくボヤーっと書く文章力が必要だ(笑)

ということでお客様からの矢面に立つクレーム対応という業務を今年から自信を持って楽しんでやっていこうと思う。クレームが来たら地獄だがクレームが来ていない凪のときもあり、そのときはゆっくり心の洗濯をさせてもらおう。具体的に際どいことは書けないのでここでは抽象的に心の洗濯とだけ書いておく。

ところで、最近ニュースで見かける食品への異物混入だが、なぜそんなに騒ぐのか不思議でしかたがない。ゴキブリはともかく、ほかの異物は人命にかかわるものでもなかろうと。人の歯が入っていたというのはちょっと有りえないようなことなので何とも言えないがそれにしてもだ。

いったい何を要求しているのかと思う。よっぽど高価な食べ物を買って異物混入で価値が損なわれたというのなら騒ぐのもわかるが、ほとんどの話が安いファストフードだったりインスタント食品だったりだ。安いものを買うというのはそういったリスクと隣り合わせだということをそろそろ我々日本人はもっと認識するべきだと思う。それもグローバル化ではないのか。

外国へ行って何か食べたり買ったりしたら異物の一つや二つ入っていても全然不思議ではないのではないか。もしかしてクレームを申し立てている人やニュースで取り上げる人たちは外国に行ったことがないのか?

なぜそんなに人や企業の失敗に目くじらを立てるのかわからない。エアバッグに不具合があって騒ぎになるのとはレベルが違う話だ。

他人が作った加工食品を食べるのならリスクを覚悟するべきだ。また故意に毒を入れるような国民のいる国から輸入するべきではない。悪人が一人もいない国はないだろうが、せめて当たる確率の少ない国で作られたものを買うべきだろう。そうすれば危険に当たる確率も下がる。しかし他人が作ったものを食べる限り危険度は0にはならない。

これは食糧自給率の低い我々日本人への暗示なのではないか。

一連の騒ぎで話題になったファストフード店がガラガラになったという話があるが、では髭のオジサンの唐揚げチェーン店は安全なのか。安全への配慮についてはどの企業も真面目に取り組んでいると思う。Mのお店だけズサンというわけではないはずだ。それにズサンだとは全然思わない。ズサンであればあれほどのグローバル企業にはなっていまい。なぜなら今までのべ何億人という人がこれらのお店で物を食べて異物に当たってしまった人は数えるほどではないか。現に自分は当たったことがないし知り合いでも当たった人は知らない。

国民がすべて情報を発信する術を持ったことによる副作用だ。
もしかしたらこれからはこの副作用によりあらゆる業界の不具合が表に出て糾弾されるのかもしれない。それで品質は良い方向へ向かうのか。

我々が食べているものはほとんど輸入品なのだ。しかも安く買うために賃金の安いところから買ったものだ。外国から安く食べ物を買ってやれ異物だなんだと騒ぐのはおかしくないか?

別の記事でランチパスポートで安く食事を提供するお店は30分程度で品切れになるような数量の限定しすぎないでほしいという旨のことを書いたことがある。これとは対照的に、まったく他人様のブログであるがランチパスポートで安く食おうなんて貧乏くさいことをしようとするなという旨の記事を見かけた。なぜなら客が殺到しすぎて正規の料金を払っているお客さんが迷惑するということなのだ。それはそれで一理あると思った。

これらの話で共通していることは価格と価値ということだ。

ファストフードで同じようなものが3~400円で食べられるのが、なぜ別の個人経営のお店では1000円以上するのか。仮に個人経営のお店で1000円するものの中に髪の毛が入っていたとしたら、あなたは写真を撮ってツイートしますか。ヘタをしたらそのお店は倒産しますよ。かつてそんな話があったような。

同じ料理を10000円で提供しているお店でならツイートしたくなるのもわからなくはないが、価格に対して価値を求めすぎてはいないだろうか。ましてや3~400円のファストフードは我々日本人とはまったく違う価値観の人たちが作っているものなので最高級の品質を求めるのはナンセンスと心得るべきだ。

ということで、記者会見で謝罪している代表者の方々を見て、ああ自分も代理の偉い人に矢面に立ってほしいと思って書いてみた。

あまりにも完璧な品質を求めていると人間じゃなくて機械に作らせたほうが間違いないからって将来我々の子孫の仕事がどんどんなくなるよ。